『BCG流 成長へのイノベーション戦略』イノベーションから“ペイバック”を得るために

これまで様々な業態の企業のイノベーション成功事例、失敗事例に立会い、分析してきたボストンコンサルティンググループが、アイデアを計画期間内に実現されるキャッシュ──「ペイバック(payback)」に変えるためのマネジメントができているかという観点でイノベーション戦略を論じています。

イノベーションが上手くいかないという場合、よくアイデアの不足に原因があるとされることがあります。しかし本書では、問題はアイデアの不足ではなく、優れたアイデアをペイバックに変えるための方法論、マネジメントの方に問題があると指摘されています。イノベーションから生まれるペイバックの予測や管理のためには、「アイデアの創出」→「商業化」→「実現化」へと至る市場投入プロセスにおいて、次の《四つのS》を視覚的に分析するキャッシュカーブを作成することが重要だといいます。

・スタートアップコスト(Start-up costs):市場投入前の先行投資
・スピード(Speed):市場投入までの時間
・スケール(Scale):量産までの時間
・サポートコスト(Suppot costs):各種コスト、再投資を含む市場投入後の投資

市場投入が行われるまでの先行投資の期間は、リターンなくコストばかりがかかり続ける状態のため、グラフにするとマイナス側に潜り込むカーブになります。市場投入後もサポートコストという形でプロモーション費やチャネル施策、顧客サポート等の費用がかかるため、ある一定規模の量産を達成するまではプラスに転じることはありません。この、市場に出てから量産を達成するまでの期間が長過ぎた場合や、市場投入前の投資が重過ぎてマイナス側のカーブが深くなりすぎた場合は、ある一時期に表面だけは成功しているように見えても、ライフサイクルの全期間を通じてペイバックを生み出していないという帰結に陥ってしまいます。このような生産とサポートに係わる費用がキャッシュリターンを上回っている状態──「キャッシュトラップ」に陥った場合、利益を生むべく開発された商品が逆にキャッシュを吸い取ってしまうため、結局は市場から撤退せざるをえなくなります。

また、イノベーションが生むペイバックの分析で困難なこととして、単なる新商品の売上高という数字だけではどのくらいのキャッシュリターンを得ているかの計測として十分ではない、ということが挙げられます。何故ならイノベーションには直接的なリターンの他に、「知識」や「ブランド」、「生態系(顧客やサプライヤー、協業企業、販売チャネル、株主等のステークホルダーとの関係性)」、「組織」に関わる間接的なリターンに寄与するという側面が強いためです。
例えば事例として紹介されているSONYの『アイボ』は、販売により直接的な利益を生み出すためというよりは、開発に関わった人達に『アイボ』に用いられているセンサーや人工知能等に関わる基本技術に関するノウハウが溜まり、それがやがてはその後の主力製品に活かされていくという狙いがあったそうです。また、ボストン・ビールが最もアルコール度の強いビール『ユートピア』の開発と製造を行っているのは、いままで誰もつくらなかったものをつくり出すという誇りを社員に与え、イノベーションの文化を社内に根付かせるためであるとされています。そのために採算ギリギリでも販売に踏み切っているとのことです。

イノベーションには大きく分けて次のようなモデルがあり、このモデル選択を誤るかどうか、また切り替える時機を逃すかどうかに、成功か失敗かの分かれ目があると言われています。


・インテグレーター型アプローチ・・・最も一般的なイノベーションモデルであり、イノベーションに関わる全てのプロセスを“自前で”行う形態。イノベーションにおける《四つのS》を厳格に管理したい場合や、イノベーションの成果を独占したい場合、そして社内リソース、スキルに自身があり、部門間の連携もとりやすい場合にはこのモデルが選択されます。
・オーケストレーター型アプローチ・・・イノベーションの全ての側面をコントロール、マネジメントするものの、実行段階の一部において外部のパートナー企業の資産や組織能力を活用する形態。単なるアウトソーシングとは異なり、共同研究、共同商品設計、新規市場への共同参入等、自社の基幹活動にパートナー企業を巻き込む必要があります。また、ソニー・エリクソンのように、複数社が共同オーケストレーターとなって、商業化と実現化をマネジメントする責任を共有するというケースもあります。
・ライセンサー型アプローチ・・・新商品の発案の部分にのみ関わり、実行化プロセスには関与しない形態。知的財産をライセンスとして供与し、市場投入におけるコストや労力を回避しつつ一定額のペイバックを得るための仕組みで、バイオテクノロジーやIT等の分野で利用されています。また、ライセンサーの模範例としてはドルビーラボラトリーズが挙げられています。


いずれのアプローチを取るにせよ、重要なことはイノベーションをトップ自らがリーダーシップを取って推進すること、また責任を負う個人、部門を明確にした上で、全社的なコミットメントを得ることです。そのような組織や環境の問題をクリアしなければ、いかに事前分析し最適なアプローチを選択しても、イノベーションの成功は困難といえます。

最後に本書で取り上げられているケーススタディからいくつ興味深い事例をピックアップします。
Xbox・・・第一世代機を出すタイミングが悪く、ペイバックにあまり結びつかなかった反省から、第二世代機Xbox360においてはスケール(量産までの時間)を最優先課題に設定。自前の製造ではなく、エレクトロニクス機器の受託開発企業、フレクトロニクスに委託、さらにウィストロン、セレスティカを製造パートナーに加え三社合同での早期量産化計画をまとめたことで、クリティカルマスを早期に達成するための足場を固めました。
コンコルド・・・超音速旅客機として開発されたコンコルドは、開発に約40億ドルという膨大なコストがかかったことに加え、ブリティッシュエアウェイズ(BA)とエールフランスが最初のチケットを発売するまでに14年かかるというスピードの問題があったこと、さらに燃料費のかかるオリンパスエンジンを利用していた事等から、典型的なキャッシュトラップに陥りました。
iPod・・・キャッシュカーブ・マネジメントの模範例。iPodのキャッシュカーブはスタートアップコストの穴が浅く、すばやく市場に投入され、スケール部分の曲線が急上昇しています。プロジェクトチームの実働人数が50人を超えることはなかったというスタートアップコストの抑制、外部の部品メーカーやパートナー企業のスキルと専門知識の活用と規制部品の採用による早期市場投入の達成、生態系内のリレーション強化に重きを置きつつ『iTMS』をローンチしたこと、クリスマス商戦に間に合ったこと・・・等多くの要因が理想的なキャッシュカーブを実現しました。また、iPodに使われているミニハードディスクドライブを唯一製造している東芝からミニハードディスクドライブを18ヶ月間にわたり独占的に買い上げるという思い切った策を講じたことで、競合商品の追随を阻止したことも成功に結びついたといわれています。

BCG流 成長へのイノベーション戦略

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